出身成分

面白かった!最後まで一気に読み切った。舞台は北朝鮮で、登場人物が馴染みのない名前やから、これは日を跨がずに読むことをおすすめします。たまに、えっと誰やっけ現象が起きた。

そう、この話は北朝鮮が舞台です。北朝鮮のことは金正恩、金正日、拉致、核ミサイル、脱北者、社会主義、格差社会、、このあたりの単語から何となくのふわ〜っとした知識はあったけども、正直よく分かっていない国だ。

「出身成分」とは、北朝鮮における住民の政治的地位を規定する階層制度、およびその階級を指す語で、「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」の3種からなる。核心階層は支配階層で、党の幹部や革命遺家族からなり全人口の約30%。動揺階層は全人口の5割を占める基本階層で、大部分が地方に住み、特別な許可がなければ平壌に入ることはできない。敵対階層は反動分子とされる人たちで大学進学や党、軍での昇進資格が剥奪されている。

私は、この「出身成分」というのを初めて知った。しかも二親等までそれが影響してくる。ここでの格差がえげつなくて、それぞれの階層同士でも監視し合って生活している。仕事にも「社会成分」があって区分されている。

余りにも現実離れしていて映画やドラマを見てる感覚になってしまうけど、これは現在も日本海を超えたすぐ隣の国で起こっていることだ。

でも、現実離れしていると言いつつも、日本も同じだなと思うこともある。

北朝鮮の動揺階層の集落や敵対階層の集落(描写が無かっただけで核心階層もなのかな。でもそもそもそこの街には入れないのか…)に浮浪者が入ってきたら、皆見て見ぬ振り。下手に通報すると村人全員が尋問を受け、罰を受ける。だから”知り合いでない”、という証明が難しいことを証明しなければならない。故に死ぬまで放っておくのだ。死亡したらそれは”ただの死体”になる。国民に対して階層をつけ、下の階層の人たちは冷遇する。かといって放置する訳ではなく徹底的に監視し管理する。なのに死んでしまえば興味はない。

罰を受けたくない、これ以上ひどい生活を強いられたくない、という気持ちから人との関わりを恐れ、自発的な行動を恐れ、”我関せず”になっていくのか。

日本はここまで外部からの圧力はないにせよ、”我関せず”はあると思う。結局人間は、生物は、自分がかわいい。自分のテリトリーの脅かされたくない。んー、生物学的にそんなものなのかもしれないし、じゃあ私が誰にでも手を差し伸べられているかって、そんなことはできていない。でも自分以外のものに対してもやさしくありたいと思う。

作中後半でも、日本との比較の話が出てくる。

全部全部説明しちゃうのも、読む楽しみが無くなるのでざっくり掻い摘んで言うと、日本も「民主制といいながら、うわべだけ平等を謳う階級社会だ。」「みな規律を守って細々と生き、わが身の不満をかこちながら老いていく。」などと言っている。

うん、確かにそうかもしれない。でも社会主義と違うのは、違う階級に行くチャンスは平等にあるんじゃないかと思う。…まぁただ、ウン百年続く老舗、みたいな家柄とかにこだわる富裕層の人たちから見れば、何を言ってるんや貧乏人、となるかもねw

話がすごく脱線してしまったけど、この作品のカテゴリーは、ミステリーだ。

保安官ヨンイル(日本の警察みたいなの)が、11年前の殺人事件を再調査する、という話。

北朝鮮の(日本でいうとこの)警察組織、社会情勢だけでなく、この事件や顛末に近いことが実際起こったという。ミステリーでありドキュメンタリーだ。

もう結末を喋っちゃいたいけど、これは読んでほしいから止めます。

でもこれだけは言いたい、これ”大どんでん返し”です。笑

で、いろんなことが明らかになっていくけど、「あ、だからあの時にあの説明してくれてたのね」ってのがちょいちょいあって気持ちいい。そんな伏線回収的な、ミステリー要素もあって面白いです。面白いです!

この主人公ヨンイルさんが

「忠誠を誓うべきは最高指導者、党と国家」

と、言っているシーンがある。これを表す宣誓が何度が登場するけど、本当はもっと長くて、それこそ ”忠誠を誓う”時に大声で唱える。しかも長い。怖い。もはやホラーだ。怖いから全文書いちゃう。

『偉大なる大元帥様が思慮なさり、偉大なる大元帥様がお尽くしになり、偉大なる大元帥様が依然と統治なさる、まぶしく栄光に輝く我らが国家、朝鮮労働党の一員として、いついかなるときも、どこにどのようにあろうと、偉大なる大元帥様のお教えに従い、最善策を考え行動し、主体思想の偉業を代々受け継ぎ、社会主義祖国の後継者として、強く生きることを栄えある朝鮮労働党員として、ここに命をもって固く決意します』

怖い。しかもこれ、子どもの時から刷り込まれる。怖すぎる。

保安官のような国と直結する仕事をしている人たちは、よっぽど言わされているのだろう。もっとも”言わされてる”なんて思う人はどれくらいいるだろう。

ヨンイルさんも”言わされている”と思っている側の人間で、「社会は人権の集合体」であるべきで、「個人の尊厳と権利」つまり「人権」を主張している。いや、公に主張すると体制批判と見做され政治犯として捕まり、敵対階層になる。そうやって、国のやり方を否定した者はどんどん排除されていく。

恐ろしい国だ…。

そんな恐ろしい国でも、ほんの少ーし変わりつつあるようで、平壌の女性しか髪の毛が伸ばせないのに、他の地区でも伸ばしている人がいてもそんなに咎められることはない。髪の毛以外にも、女性がスカート姿で自転車に乗る事も”公序良俗”に反するらしい。…馬鹿げている。そんな馬鹿げたルールも、保安官に見られたらちょっと自転車を降りて押す、っていうのでまぁいいらしい。

それは韓国のラジオや韓流ドラマの海賊版が出回ってきていることも大きいようだ。とはいえ、ヨンイルのように公然と「人権」を訴えることはまだまだ難しいに違いない。ましてや「人権」を正しく理解している人がどれくらいいるやろう。

日本にいる私たちができることはなんだろうか。

何か行動することは難しいことなのかもしれないけど、実情を知る、というのはすごく大事だと思う。だからこの本はいろんな人に読んでほしい。

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