あけましておめでとうございます

『2026年はペチペチする』

今年は午年。
ふと、馬って実物はどんなんだったっけ?というのを確かめたくなり、スマホの写真を探してみた。すると、どこで撮ったのか覚えていないものの、食事中の馬を横から撮影した一枚が出てきた。

想像以上にフサフサな尾。きれいに締まったツヤのあるお尻。中身がぎゅっと詰まってハリのあるボディ。ちょうど良い長さの首。草を食む顔。
ホンモノの馬はフォルムや質感がかっこいいなぁ、と思った。

と同時に、「このお尻やボディを掌でペチペチしてみたい」という衝動も湧いてきた。
これはなんだ。
この“ハリのある曲面をペチペチしたくなる欲”は、いったい何なのか。

思えば、きれいに丸く磨かれた大理石や、ボーリングの玉、ムキムキマンのプリケツなど、ペチペチしたくなるものはいくつか思い浮かぶ。満腹のお腹を無意識にポンポンしてしまうのも、同じ欲求の延長なのかもしれない。

考えてみると、これはただ単に表面にサワサワと触れたいわけではない。
掌を軽くぶつけ、その反動の重さを受け取ることで、目には見えないが内側を確かに満たしているであろう”中身の存在”を感じたいのだ。だからこそ、程よい強さで、相手の形に合わせて掌を当てる「ペチペチ」であることが重要なのだ。

グーパンチでもダメ。
大理石やボーリングの玉に拳をぶつけたらこちらが壊れるだけだし、ムキムキマンにパンチしても喧嘩になってやられてしまう。中身を感じるどころではない。

この構造は、人とのコミュニケーションにも当てはまるのではないだろうか。

誰かと深い関係を築きたい、相手の中身を知りたいと思うなら、表面をなぞるようなサワサワした会話だけではなかなか進展しない。
かといって、自分の意見を一方的にぶつけても相手に嫌われるだけで、互いの理解にはつながらない。

相手の形に合わせて、程よい強さで意見を交わす。
その「ペチペチ」のやり取りがあるからこそ、反応が返ってきて、お互いに分かり合えるのだろう。

争いや分断が加速している現代、「ペチペチ」し合う事こそが平和への第一歩なのではないか!
ペチペチ contributes to peace.

馬の写真を見て、そんなことを考えた。


みなさんがつい「ペチペチ」したくなるモノは何でしょうか?
大玉のスイカなんかもペチペチしたくなりますよね。
それでは本年もよろしくお願いいたします。

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