三四郎

“上から桜の葉が時々落ちて来る。その一つが籃(バスケット)の蓋の上に乗った。乗ったと思ううちに吹かれて行った。風が女を包んだ。女は秋の中に立っている。”

これは三四郎が広田先生の新居の掃除に行った時に美禰子(みねこ)と再会する場面。この後三四郎は美禰子から名刺を受け取り、初めて名前を知る。

このあたりのやりとりは読んでるこっちがドキドキした。そしてすましている三四郎にニヤニヤしてしまう。『あなたにはお目に掛かりましたな』じゃないよ、三四郎。ずっと考えてたくせに。

初々しいやりとりが始まり出す前の冒頭の情景が、私が三四郎で一番好きなところ。女(美禰子)があまりにも美しいと思った。こりゃ三四郎が夢中になるな。

そして、漱石は綺麗な情景を描くなぁと思った。

さて、この「三四郎」の紹介をここで少し。

この本は、夏目漱石の前期三部作、「三四郎」「それから」「門」の、一作目の作品。

この三部作はそれぞれいろんな恋愛模様がテーマで、「それから」と「門」は続編みたいな感じになっています。

今回の「三四郎」は簡単にいうと、田舎から東京へ出てきた純朴な青年が都会的な女性に恋をするも、何もできないまま失恋してしまうという話。

田舎の熊本からは比べものにならないくらい東京がキラキラしていることに圧倒される三四郎。

時は明治の終わり頃。日露戦争で日本が勝ち、文明開化が進む中日本がイケイケドンドンになっている時代です。ちょうど、昔の日本と近代化していく日本が入り混じっている状態です。あちこちで近代化が進み、大きな建物がどんどん建っていく時代。

今でさえ、東京はやっぱり “大都会”で、私も訳あって東京に滞在していたのですが、半年ほど経ち、住む訳も無くなったので、大都会を後にし田舎の島へ越しました。あのキラキラした世界には馴染めませんでした、、。

今でも圧倒される東京なのに、三四郎のいた当時、明治の終わり頃はもっと田舎とのギャップがあったことでしょう。当時「三四郎」は東京、大阪の朝日新聞に掲載され、当時の大阪の人たちなんかは、東京の都会っぷりに驚いていたのかも。

作中、こんなことを言っています。

世界は3つあって、一つは、明治15年以前の ”平穏だが全て寝ぼけた”世界。要は「熊本の実家」。すぐに戻れるけど、よっぽどのことがない限り戻らない過去。

二つめは、「広田先生や野々宮君のいる」世界。これは学問とか学者の世界。苔の生えた煉瓦と高く積み上げられた書物の世界。身なりは汚いけど、慌ただしい世を離れてゆっくり深呼吸できる世界。

三つめは、キラキラした東京の世界。美禰子はここにいる。春の如くうごいていて、シャンパンの盃があり、あちこちで歓声や笑い声が上がっている世界。

三四郎はこの三つの世界をかき混ぜて一つの世界にしたいと思う。欲張りw

三四郎の思う、理想の世界は”国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、身を学問に委ねる”世界。

そしてこの世界について考えた三四郎は、三つめの世界の”美しい女性”について考える。学問そっちのけで考える。まぁそうだよね、この年頃の男の子なんてそんなもんじゃないかと思う。…でもこれは女も一緒か。

そうして三四郎くんは、美しい女性 ”美禰子” ちゃんにどっぷりハマっていく訳です。

この美禰子も、三四郎にとってなかなかの曲者だ。作中何度か出てくる ”イブセンの女” である。”イブセン” とは、ノルウェーの劇作家イブセンが書いた「人形の家」の主人公ノラのことで、このノラは女性として生きるより、一人の人間として生きることを選び、夫や子供を捨てた女性。

要は美禰子は、この時代の女性にしては珍しく語学も堪能で、自分の名刺を持ち、自分名義の通帳も持っている。かなり現代的な女性だ。自分の意思もしっかりしているが、恋愛における愛情表現のようなものははっきりしない。それで三四郎は振り回される。

こういう女性が魅力的なんだろうと思う反面、美禰子も恋愛に関して、もしかしたら現代社会を生きていく術を模索していたのかなとも思う。当時はまだ女性の社会進出はなかっただろうし、生きづらさはあったやろう。

”Stray sheep”、”迷える子羊”の話が何度か出て来る。当時結婚適齢期(23歳前後)で焦りもありつつ、”恋愛”に走るか、とりあえず ”結婚”という形を取るか。自分の思うようにして生きたいけど、両親もおらず兄と二人で暮らしていたので、早く嫁いだ方がいいと思ったのか…。美禰子も迷える子羊だったんじゃないかな。結果、誰と結婚したのかは、読んでからのお楽しみ。

ちょっとだらだらと乱筆してしまいましたが、この本は、男女の恋物語、女性の社会進出、日本経済の発展、当時の東大生たちの生活、漱石の絵画のような文章(と思いきや、電車の窓から空の弁当箱を投げ捨て、それが電車から顔を出していた人の額にヒットする、、というコントみたいな描写もあり。(ここも私の好きなシーンw))など、いろんな側面を持っています。

それぞれについて書きたいけど、まとまらなさそうなのでいつかまた。

そんな色々な角度から楽しめるので、何回読んでも楽しめる作品です。かく言う私はまだ一度しか読めてません。はい、読みます。

では最後に作中の序盤に出て来る、有名なセリフで締めます。

『あなたはよっぽど度胸のない方ですね』

おしまい

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